□1983年11月6日 くもり。


 すべての常識は、一度はうたがうべきだと思う。
 それが「普通」だからって、いいことだとはかぎらない。
 そうじゃないか。

 たんじょう日なんて毎年来る。
 別に、毎年お祝いしないといけないわけじゃない。

 お父さんとお母さんが、いつもそろって家にいないといけないわけじゃない。
 だって、時々、いや、よく電話もかかってくるし手紙も来る。お手伝いの人もきてくれる。
 世の中には、毎日食べるものにも困っている気の毒な人がいるんだから、僕はかんしゃしないといけない。別に、そう学校で習ったからじゃない。
 自分でそう思うんだ。


A  l  l  e  g  r  o



 僕は1人でピアノを弾いていた。
 お母さんが去年のたんじょう日に弾いてくれた、モーツァルトのピアノソナタハ長調 K.545。今年はもう、自分で弾ける。
 大きなグランドピアノが2つ並ぶピアノ室は、広くてがらんとしている。  なんとなく、アレグロを無視してテンポをゆるめて弾くと、長調の曲なのに寂しくなってきた。

 すると、今年も義人が勝手に遊びにきた。
 何人か知らない友達もつれてきた。

 お父さんが、有名なベルギーのチョコレートを使ったケーキ屋でバースデーケーキを頼んでくれていた。それが今日届いた。
 お父さんは、「大きければ大きいほうがいい」ってすごく大ざっぱなことをいつも言ってたから、こうなったんだろうけど、ちょっと僕らには大きすぎた。
 知らない友達が1人帰り、2人帰りして、最後に僕と義人だけになっても、ケーキは3分の1くらい残っていた。
 ちょっとくずれかけたケーキが、大きなお皿の上でしょんぼりしていた。

 なんだか、すごくさびしい気持ちになった。

 お手伝いの人が「ラップをかけておきますから明日また食べましょう」と言った。
 仕方ないんだ。そうするしか。
 僕1人で食べるしか、ないんだから。ほかに食べてくれる人なんて、家にはいない。

 すると、急に「おれはもっと食べるぜ」と言って義人がばくばくと食べ始めた。すごい勢いで食べ続けた。
 こいつの食欲にはいつもびっくりする。
 家でろくなものを食べてないんだろうか?

 口のまわりやほっぺたにクリームをいっぱいつけて、時々むせながら食べるあいつをみていると、最初はあきれたが、そのうちなんだか楽しくなってきた。
 ふしぎだ、と思った。
 それでも僕はやっぱり、もう食べられなかったけど。

 からっぽになったお皿を見て、満足そうに義人は帰っていった。
 ちょっとよろよろしていたけど、だいじょうぶだっただろうか。

 あいつが帰って、僕はまた1人でさっきの曲を弾いた。
 今度は、少し速めに弾いてみた。
 少し、楽しくなってきた。
 今度は、義人にもきかせてやろうと思う。
 明日こそは、ちゃんとアレグロで弾けるはずだから。


モーツァルト ピアノソナタハ長調 K.545 第1楽章 

(03.10.23 了)
MIDI素材提供 White Page様 

□あとがき

 10月22日〜11月6日まで開催しました零一聖誕祭のために、仁吉さんが義人のSSを書いてくださいました(ありがとうございます)。私のほうで「零一サイドの話があったら楽しいだろうな」と思って蛇足を付け加えさせていただきました(途中まで楽しくないですが最後に希望を持たせてあります…)
 今回の設定では、このお話(小学2年生)の年の誕生日から両親とも演奏旅行で家にいなくなったということになってます。初めての、親のいない誕生日。そこで義人がどんなふうに救ってくれたか…という内容です。

 文中で使った曲は、ゆっくり弾くと本当にかなしーくなってきます。
 ピアノをお持ちの方は試してみてください。
 ほんとにアレグロで弾くとはじけるような曲なんですけどね…。