□夜明けに飲むには苦すぎる (margeryさんより)


ピンポーン!
ピンポーン!

煩い。

ピンポーン!
ピンポーン!

誰だ?今何時だと思っている。

ピンポーン!

だから煩いと言っている。

夜更け過ぎの真っ暗な部屋に何度も何度もインターフォンが鳴り響く。あまりのしつこさに辟易し、この真夜中の闖入者に文句の一つも言おうと受話器を取った。枕元の時計に目をやると、ようやく午前4時を回ったところだ。

「どちらさまでしょうか?」
「れーいちくん、あっそびまっしょー!」
「…益田、お前か」

益田義人の妙にハイテンションな馬鹿声が耳に痛い。お前は小学生のガキか。開けてやる義理もなかったが、このまま入れてやるまでチャイムを鳴らされたのでは却って迷惑だ。と、今一つ巡りの悪い頭で瞬時に判断し、ロックを外してやった。

「静かに上がってこい。玄関は開けておく」
「さんきゅー!」
「…」

この真夜中に何なのだ、あのテンションは。
あいつの店の営業時間は確か午前1時から2時の間で、ここまで辿り着くのに歩いても30分はかかるまい。営業中に自らアルコールを摂取することはほとんどないから、恐らくその後にでも少々飲んだのだろう。しかし珍しいこともあるものだ。最近は店を閉めたらまっすぐ帰宅していたように記憶していたが、どうしたんだ、一体。

突如やってきた酔っ払いの悪友を迎えるため、パジャマ替りのTシャツの上に綿のシャツをはおり、ジーンズに足を通す。足下は面倒だから裸足のままだ。そうこうする内に玄関が開き、奴がビニール袋を抱えてずかずかと上がり込んできた。

「よー、れーいちぃ。ご機嫌いかがかなー?」
「最悪に決まっているだろう。何しに来た。こんな時間に」
「お前と飲もうかと思ってさぁ。そこのコンビニで仕入れてきたのさ。」

そう言ってビニール袋一杯のビール缶をリビングのローテーブルの上に置くと、奴はまっすぐ冷蔵庫に向かい食料を漁り始めた。

「何もないぞ」
「おー、どしたんこれ。スモークサーモンなんてあるじゃん。食っちゃおうぜ。おい、零一、皿皿」
「お前な…」
「うーん、うまそう」

結局スモークサーモンにチーズ、そして奴の買ってきた安物のするめを肴にビールを開ける。
俺は寝起きでもあり、とりあえず1本を開けて付き合いでちびちび飲むだけだが、益田はもう何時の間にか3本目に手を掛けている。自分で引っ張り出したくせにほとんど皿の上のつまみには手をつけず、ただまずそうに飲んでいる。
何かあったな。

「何しに来た?」
「…なんもねーよ。お前と飲みたかったんだよ。ほら飲め。」
「いや、俺はもういい」

午前4時過ぎの何の音もないこの部屋で男二人、ただ飲んでいるだけ。後2時間も経たないうちに夜が明ける。お前が俺の家に上がりこむのは余程のことがない限り、最近はなかったはずだ。ましてやこんな非常識な時間に突然訪ねてくるような男だっただろうか。

「なあ、零一明日休みだろ。お前も飲めば?」
「今日だ。もうすでに日付が変わってから4時間38分経っている。もう寝ろ」
「やーだねー。オレはお前と朝まで飲むんだもんねー。学生ん時みてーにさー。」
「俺は嫌だ。そんなまずそうな酒に付き合えるか」
「ま、ず、そう…?」
「ああ、だから今日は付き合ってやらない。寝ろ。今日は泊めてやるから」
「そっか…酔わねーと思った…。そっか…」

ぶつぶつとつぶやいていたかと思うと、益田はソファの上にごろりと横になった。そして空のビール缶を握ったままきつく目を閉じた。

寝たのか?
まったくしょうがない奴だ。
人の家に突然訪ねて来て飲んだかと思うとそのまま寝るなど。
どうしようもない奴だな。
だが、奴でもこんな飲み方をしたい時もあるのだろう。

こんな飲み方をする益田を最後に見たのは何年前だっただろうか。もはやあの時何が原因でそんな飲み方をしたのかは、忘却の彼方に押しやられてはっきりとは思い出せない。だが、一つ言えることがある。今夜の酒もあの時以上にまずそうな印象を受けるのだ。益田が楽しそうに振舞えば振舞うほどに、酒のまずさが一層増していくように感じられるのだ。…何があった?

こいつは何かあると逆にそれを見せまいとする。昔からそうだ。しかし、20年以上付き合ってきた俺にはわかる。だがいつだって俺の方からはあえて聞かない。益田が言い出すまでは決して聞いたりしない。昔からそうだ。そうやって奴との付き合いが続いてきた。

「益田、寝たのか?」

返事がない。
寝室から毛布を一枚持ってきて、苦しそうな奴の上にわざとらしく落とした。
…静かな部屋にばさりと毛布が音を立てる。

「零一…」
「何だ、起きていたのか。」
「オレさ、自分じゃうまくやってたつもりだったんだよ。」
「何をだ」
「いわゆるほれたはれたって奴さ」
「…それで。」
「けどさ、今回はだめだな。オレ、自分が嫌になっちまったよ。本気で誰かを好きになったりなんてしないように、のめりこまないようにさりげなーく努力してたのにさ。」
「無理することはないだろう。」
「無理?オレが?」
「ああ、そうだ。」

益田は毛布を口元まで引き上げて、つと考え込むような顔をした。女性と付き合っていても、いつもどこか真剣味のない交際ばかりしている奴だった。お前はいつものように自分が遊んでやっているつもりだったのだろう。そうやっていつものように核心から離れた場所にいようとして、するりとかわしていたつもりだったのだろう。だが、今回は違った。

「益田、俺がこんなことを言うのもおかしな話だが」
「なんだよ」
「本気で好きになったんだろう。」
「…」
「遊びだと思って割りきっていたようだが、あっちの方が上手(うわて)だっただけだ。お前は遊びのつもりが本気になっただけだ。誰も悪くはない」
「オレ…いつもと同じだったんだよ、最初はさ。互いに…暗黙の了解って奴?いつもの遊びだったんだよ。」
「ああ、そうだな。」
「それがさ、どこで何を掛け違ったのか別れたとたんに哀しくなっちまったんだよ、無性に」
「ああ、そうだな」
「でさ、お前と飲もうかと思ったんだけどさ…。しかしホントまずいな、この酒」
「ああ、そうだな」
「お前さっきからそればっかじゃん。なんか違うこと言ったら?」
「ああ、そうだな」
「ばかやろう…」
「ああ、そうだな」

ソファに寝転がったまま、益田は手に持ったビールの空き缶を指先でこつこつと叩きながらじっと天井を眺めている。そして俺はそんなお前と向かい合ったまま、ただそんな姿を眺めているだけだ。お前にばかやろうと言われても、今日に限っては腹が立たない。なぜなら「ばかやろう」は益田自身だからだ。そして先ほどの言葉は益田が自分に投げつけた言葉に過ぎないからだ。

「益田、まだ酒が残ってるぞ。飲まないのか?」
「全部やる」
「では、傷心のお前の代りに飲み干してやろう。」
「なんだ、それ」
「さあな」

少しばかりぬるくなった缶ビールを開けると、部屋中にほろ苦い香りが広がった。
おい、益田、俺に慰められてどうする。
しゃんとしろ、しゃんと。


窓の外が少し明るくなってきた。
時計を見上げるともう5時46分。
もうすぐ夜が明ける。



「オレもさ、お前みたいに誰かをただ理由(わけ)もなく好きになったりするのかなぁ」
「俺の知ったことか」

夜明けのビールは殊の外苦く、炭酸がやけに喉に引っかかる。
一眠りしたら濃いコーヒーでも飲むとしよう。
…夜明けに飲むには苦すぎる。

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えーわたくしの大好きな文章をお書きになるヒナキさんに押付けさせていただきます。
義人はいつも適当に恋愛ってものの核心をうまくかわしている人でしょう、たぶん。そして零一はいつもまっすぐに人を好きになって大きな傷を作っちゃう人。わたしの中ではそんな感じなのです。本気で誰かにぶつかっていって、好きになることが苦手なのかもしれません、義人は。でもそんな彼でも気付かないうちに本気になっていて別れて初めてそれに気付いて、傷つく自分を持て余してしまう。それを突き放しながらも付き合ってやる零一。もう少ししたら義人も誰かをまっすぐに好きになる時が来て、そんな自分をちゃんと受け入れられるようになるでしょう。ハッピーなのかアンハッピーなのかよくわからない結末のままですが、後はご想像にお任せいたします。


□ヒナキの蛇足
 margeryさんの10000Hit達成(おめでとうございます)記念ゲームをクリアし、リクエストをしたのですが、なんだったら自分でも同じテーマで書いてしまえということで、SSの交換と相成ったものです。私のリクエストは、「恋愛には慣れていると思っていたのに、遊んでいるつもりが実は遊ばれていたことに気づき、傷つく益田を慰める零一」というありがちなものでした。
 ほかの方の書くしんみりSSが読んでみたかったというのが背景にあります…(笑)

 「まずそうに飲む酒」というフレーズが心に響きました。
 まずそうに飲まれては酒も哀しいだろうという考え方もありますが、なんか私はいいなと思ったんです。まずい酒もあっていいじゃないかと。まずいから不要というわけじゃない、ここでは義人にとって必要なものだったんですから。そしてまずそうに飲んでいる彼の姿、目に浮かびました。きっと、かっこよかったと思います。へなちょこぶりも、崩れすぎてなくていい男だし(うちのは最近壊れすぎ…)。
 零一の突き放し具合も、さりげなくてかっこいいですよね。

 margeryさん、どうもありがとうございました。
 私が同じテーマ(といっても最終的にちと違ってきちゃいましたが)で書いたものが「Cherished」です。