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けんか腰にも聞こえる機関銃のような会話が近づいては遠ざかる。
ストリートには寒風が吹きすぎていくが、ショウウィンドウの灯りはその寒さを忘れてしまうほど眩い。
俺は何故こんなところを、ひとりで歩いているのだろう。来た時は二人だったような気がするのだが。
まあ、ひとりの方が気楽だから構わないが。
年末にさしかかり、繁華街は浮かれた者であふれている。
「ブブー」
このように、用もないのにクラクションを鳴らし道行く無関係な者を不愉快な気分にして走り去っていく輩も…
「いよぅ零一。フラれちゃったのか?」
見ると、窓が5つくらいある白いリムジンが俺の隣をゆっくりと追跡していた。窓から覗いているのは、ある意味浮かれた酔っ払いよりもタチの悪い旧友であった。
「…なんだ。益田か。おまえこそどうした」
「ん? 俺か。俺も、フラれた」
悲しいことを言っているわりには、口の端をぐっと持ち上げてにまにまと笑う。いつもの調子と何らかわるところはない。
「フラれた? 先ほどまで女性といつものようにたわむれていたではないか」
「いつものように」
「そうだ」
「そんで、いつものようにフラれたってわけ」
「…懲りない奴だ」
「そのとーり。俺懲りないから」
「ほんとうに、懲りない奴だ」
口に出しては言わないが、そういうところがこいつの良いところでもある。
懲りないということは裏を返せば、めげないということでもあるのだ。
「れーいち。寒いから乗れば?」
「リムジンにか? これは、女のために用意したのだろう」
「そうだけど…」
俺の歩調に合わせて徐行運転をしていたリムジンの後ろで、黒塗りのオースティン(つまり、タクシーだ)がクラクションを鳴らした。当地でも1、2を争う目抜き通りなのだから、のろのろ走っていては迷惑になるのは当然だろう。
「…って後ろの車怒ってるから、早く乗った乗った」
「仕方ないな…」
俺は重いドアを開けて乗り込んだ。
中は案外広かった。身長の高い益田が動き回っても窮屈でないくらいの空間があった(ということは当然、俺もということになるが)。シートには、高級そうな煙草の香りがしみついている。
ちょっとしたミニカウンターが設けられていて、前のシートに足を長々と投げ出した義人はすでにほろ酔い加減だった。
「やっぱりロンドンではボンベイ・サファイアだね」
透き通った青い瓶が半分くらいカラになっている。
「無論、ドライジンといえばボンベイ・サファイアだが…このペースは飲みすぎだ。第一、先ほどのパーティ会場でもかなり飲んでいただろう」
「いいんだ。俺だってたまには羽目をはずして飲みたいことがあるんだよ」
一瞬、真剣な目が曇ったので酔いが醒めた気がして、間が持たなくなり、襟元に手をかけてもう締めている必要のなくなったネクタイをゆるめ、あえて言う。
「だが、バーテンの修行中のおまえが度を越して酔うのは…よくないな」
「わーってるよ、そんなこた。説教はやめだ、れーいちも飲も飲も! ロンドン名物、ぬるいエールもあるぜえ」
「わざわざまずい酒を飲むほど好事家ではない。ジンをもらおう」
手元が少し危うくなっている益田の手から瓶とグラスを受け取り、氷の上から注ぐ。
「なあ、れーいちはなんでひとりで歩いてたんだよ?」
「俺か」
そもそも、大学の教授が学会に出るというので、通訳がわりに連れてこられたのだった。
だが、実際には教授は結構英語を話したし、俺の通訳なんて少なくとも必要じゃなかった。第一クリスマス時期に学会なんておかしいとは思っていたのだが…
「氷室君。実はちょうど、知人のクリスマスパーティがあってね。参加してみてはどうだろう」
俺はもちろん、そのような派手な場所になど興味はないから断ったのだが。
「知り合いのお嬢さんが、ぜひ参加したいのだが、パートナーがいなくて困っているとおっしゃるのだよ。だから、エスコート役としてでも出席してほしいのだ。だめかね?」
そう言われると、俺としても断れなくなる。
…だが実際には。
紹介された彼女は、日本から来た堅物の男より、パーティのカクテルライトに照らされて笑いさざめくイギリス男たちのほうがお好みのようだった。
しっかりしていそうな男性と親しくなったのを見届けると、俺はお役御免と判断し、そっと会場を後にした。
「というわけだ」
「…フラれたわけな」
「そういう言い方もできる」
「でも、ま、好きな女じゃなけりゃ置いてかれてもかまやしないわな」
奴の言い方が引っかかった。
さすがにパーティ会場で出くわすとは思っていなかったが、益田が欧州でバーテン修行をしていたのは知っていた。会場で女とたわむれているのを見ても、何年たっても人間の本質というのは変わるものではないからべつだん驚きもしなかったが、そのなかの1人の横顔をちらりと見かけた時、脳裏を過ぎるものがあった。
「お前…」
「ん?」
「さっきの女と似た人を、どこかで見たことがある」
「…」
「やっぱり、あの人のことが忘れられないのか」
益田のグラスを口元に運ぶ手が、止まった。
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